労働問題【未払残業代】

未払い残業代請求対策

ビジネス環境の多様化・複雑化により、企業の労務管理は労働「時間」から労働の「成果」へシフトしています。
しかしながら、昭和22年に制定された労働基準法は、今でも労働の成果ではなく労働時間を基礎として、労働時間に応じた賃金の支払を建前としており、現実と建前にギャップが生じています。

昨今の不況下では、サービス残業と呼ばれる未払い残業代問題がクローズアップされ、残業代の請求を促す報道や広告、ホームページサイト等も多数見受けられるようになってきました。
未払い残業代の請求とは、時間外労働・深夜労働・休日労働に関し、企業から適切な賃金が支払われていない場合に、従業員が企業に対し未払い分の賃金の請求を行うことを言います。
これまでのわが国は「終身雇用制度・年功序列制度」の存在により、従業員には雇用の継続・将来の収入増加への安心感・期待があり、会社に対する忠誠心のもと、猛烈に働き、サービス残業も厭わず、会社の発展に貢献してきたものでした。しかしながら、終身雇用、年功序列が崩壊した現在では、従業員の会社に対する忠誠心は低下して、権利意識が高まっています。

今までは残業代の未払いがどれくらいの金額になるのか、法律上の権利があることを知らず、現実問題として請求ができなかったといえますが、マスコミやインターネットから労働法に関する情報が手に入りやすくなった現在、従業員としての当然の権利を主張し、未払い残業代を請求する従業員、元従業員は増えていくことでしょう。
請求する労働者側は労働基準法に基づいて根拠のある請求をしてくると思われますので、企業側は普段から労働基準法を踏まえた賃金の支払いと、不要な残業代の支払の削減に取り組んでおかなければ、いざ未払い残業代の請求がされた場合に反論する術が無い可能性があります。
故意に全く残業代を支払っていない会社はもちろん改善の必要がありますが、企業に悪意がなくとも、労務管理が適切でなく、知らずのうちに1日1時間程度の賃金が支払われていない残業が生じているのは、ごく普通のことです。御社は本当に大丈夫でしょうか?

未払い残業代はなくすことを理想として、手当の支払方法や労働時間の管理を工夫することにより、企業のリスクを低減することができます。 残業代を支払わず、またその対策を講じることなく放置しておくことが一番危険な状態です。
未払い残業代問題を放置すると、最悪の場合残業代請求により倒産という事態も起こり得るのです。

未払い残業代請求の流れ

従業員や退職者が会社に対して未払い残業代を請求してくる流れとしては次のようなものが考えられます。

1. 給与・労働時間について、会社に対する不満・不信を抱く
何らかの事情で、従業員が給与・労働時間に関し、会社に対して不満を抱くことが出発点です。

2. 情報収集
情報収集を行います。インターネットの普及により、あらゆる情報が手に入りやすくなっており、「サービス残業は違法」、「未払いの残業代は請求できる」といった残業代請求を解説しているサイトも多数見受けられます。この段階で弁護士などの専門家の法律相談を受ける場合も考えられます。

3. 労働基準監督署への相談
情報収集の結果、従業員の不満が不信に変わると、会社を管轄する労働基準監督署に、自分の場合、残業代が適切に支払われているといえるのか、相談に行きます。事案により、労働基準監督官が会社に立入調査を実施し、未払いとなっている残業代が発覚すると支払い勧告を発します。
労働基準監督官は「特別司法警察員としての権限」を保持していますので、事実を隠蔽したり、勧告を放置すると刑事処罰を受ける場合があります。

4. 弁護士への依頼
労働基準監督署ではなく、いきなり弁護士に依頼に訪れる場合も十分に考えられます。未払い残業代請求に力を入れる弁護士は今後増加すると言われています。

5. 内容証明郵便を送付
請求金額と支払期日を指定した内容証明郵便が会社に送付されます。通常は本人名義ではなく、弁護士名義で送付されてくることが多いものと思われます。

6. 労働審判の申立て
交渉で解決できなかった場合、労働審判の申立が行われることになります。
労働審判は、個別の労働紛争について最大3回の期日で終結する迅速な手続です。

7. 民事訴訟への移行
労働審判の審判内容に不服がある場合はそのまま本訴訟へ移行することになります。
労働審判の申立てをせず、いきなり訴訟を提起する場合もあります。

  未払い残業代などの金額が140万円未満の場合には簡易裁判所となりますが、それ以上の場合は地方裁判所となります。本訴訟となると長期戦に及ぶことを覚悟しなければならず、時間と費用がかかる可能性が高くなります。

労働審判

労働審判とは、解雇や給料の未払など事業主と個々の労働者との間の労働関係に関するトラブル(個別労働紛争)を、裁判官と労働関係の専門的な知識・経験を有する労働審判員2人で組織された労働審判委員会が,原則として3回以内の期日で審理し,適宜調停(話し合い)による解決を試み,調停が成立しない場合には,事案の実情に即した柔軟な解決を図るための労働審判を行うという紛争解決手続です。
労働審判に対して当事者から異議の申立てがあれば,労働審判はその効力を失い,労働審判事件は訴訟に移行します。
労働審判手続きは、特別の事情がない限り、3回以内の期日で審理を終結させなければならないため、事前準備を十分に行い、各期日が充実した手続きとなることが求められます。 労働審判手続については、裁判所の許可があれば人事労務の担当者が会社の代理人となることができますが、専門的な手続で負担も大きいため、弁護士に依頼することをお勧めします。

審理期間

労働審判は、原則として3回以内の期日で審判を出すか、調停を成立させるなどして終了させなければならないとされています(労働審判法第15条2項)。
長くともおよそ90日程度で終了してしまう迅速な手続といえますが、労働者側は、十分に準備をした上で申し立てている一方で、企業側(特に中小企業)は、顧問弁護士がいればまだましですが、企業に申立書が届いてから、大慌てでおよそ1か月先に指定された期日に出廷できる弁護士を見つけ、労働者側が主張している残業時間などを精査し、企業側の主張の準備をして期日に臨むことになります(答弁書の提出期限までには2~3週間しか無いことも多い)ので、通常、審理期間が短いことは企業側にとって有利に働くことは余りありません。
したがって、労働審判は、企業側の準備が不十分な状態であっという間に不利な解決で終わってしまうことも多いと言われています。
労働審判委員会は、第1回期日(遅くとも第2回期日)までに、労働者と企業のどちらに分があるのか心証を形成しますので、最初から主張立証を出し尽くしておく必要があります。裁判のようにゆっくり進めていくことは許されないのです。
企業側としては、第1回期日までにあらゆる準備をし、事前に答弁書を提出しておく必要があります。労働審判は、口頭によるやり取りを基本とした手続ですが、実際には口頭で言い分を述べても審判員に理解してもらえるとは限りませんし、そもそも十分に言い分を述べる時間が確保されるかどうかもわかりません。
したがって、答弁書においていかに自己の言い分を説得的にまとめるか、資料を準備できるかにより、労働審判の結果が左右されると言っても過言ではないと思われます。

労働審判の流れ

裁判所から労働審判の期日呼出状・答弁書催告状を受け取ったら、第1回期日が何月何日に指定されているかをチェックし、顧問弁護士がいれば相談の予約を入れ、顧問弁護士がいない場合には、すぐに、第1回期日に裁判所に出廷が可能な弁護士を探す必要があります。

上記のとおり、労働審判は企業にとって時間との戦いですから、早期に弁護士を見つけ、答弁書の作成・資料収集に入ることが非常に重要となります。
なお、労働審判においては、いきなり口頭で審判員にも理解できるように相手方の言い分に反論することは非常に難しいことから、事前に答弁書を提出して、企業側の言い分を充分に審判員に理解してもらった状態で、第1回期日を迎えることが必要です。
したがって、裁判官や審判員が答弁書を読む時間を充分に確保するため、答弁書の提出期限はきちんと守って提出することが重要となります。